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モンキーフォト ② [animal photo]

さて、今日はお猿さんパート2! 

かわいい赤ちゃんザルが登場しますよ。

パタスザルに赤ちゃんが産まれました。

5月15日生まれなのでイチゴちゃん。

26日に行ったので産まれて10日ほどですね。

明るいオレンジ色の毛並みがきれいなサルです。

お父さんかおじいさん? 哀愁漂うお顔です。


赤ちゃんはお母さんにしがみついています。

先っぽがヘニョ~ンってなってます。。。

「吸いっぱで引っ張るから伸びちゃったかね?」 
 
おば様達が申しておりました。 
 
そんなもんなのか?
 

 
新参者には厳しいのか、
 
他のサル達が手を出すの。

母親は逃げたり手を出したりしています。

赤ちゃんは不安そうな顔をするときもありました。

おっぱいに吸い付いたまま離しませんでしたね。

 

 

カメラ目線をくれました。 

ナイナイ岡村や柳沢慎吾が浮かんできた。

やはり人間はサルに近いなと感じましたね。



サルは表情豊かで動作も面白い。

人間に近いからかもしれませんね。

さてさて、 動物園ではカバを見ると

いつも池に沈んでいます。

今日は初めて全身を見ることが出来ました。

しかも歩いているのを見たのも初めて!

次回はカバさんにゾウさんの登場です。

お楽しみにぃ。


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モンキーフォト ① [animal photo]

今日のアニマルフォトは、お猿さんです。

登場するのは、ニホンザルとオランウータン。

それぞれの表情をお楽しみください。

サル山のサルたちはえさの時間になると

皆が飼育員の来るほうを見ます。

エサの時間なんだと気付いて向かいましたが、

エサを配り終えた後でした。

写真撮ろうとしても真っ赤なお尻しか。。。

エサつかもうと下向くから表情見えないし、

仕方なくジュースでも飲んで再度見いくと

エサ食べてポカポカ陽気で気持ち良いのか

みんな寝てますよぅ。



 


気持ちよさそうでしょ。

敵もやってこないし安心なのかグッスリ!

どんな夢見ているんですかね。

ニホンザルが夢見ている頃、

オランウータンの子供は元気いっぱい。

カワイイ表情で楽しませてくれましたよ。


 


 



どうです! 

最後は、

お股広げてカメラ目線のサービスショット

カワイイったらもうなぁ。

かわいいと言えば、

パタスザルに赤ちゃんが産まれたの。

5月15日に産まれたからイチゴちゃんです。

ムチャかわいかったですよ。

そんなイチゴちゃんは近日登場予定!

お楽しみにぃ。


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豊橋 のんほいパーク [animal photo]

昨日のお休み、豊橋にある動物園

「のんほいパーク」 に行ってきました。

いろんな動物の表情を撮ろうかなと。 

アニマルフォトコーナー新設した ながぼ♪ です。

のんほいパーク:

豊川稲荷やヤマサのちくわで有名な豊橋市。

東名豊川インターから約10分。

動物園、植物園、自然史博物館遊園地

4つのテーマにわかれてます。

ホッキョクグマのエサの時間では、

ホッキョクグマのダイブを見ることが出来ます。



園では、ダチョウとシマウマが一緒にいたり、
 
エミューとカンガルーが一緒にいます。


 
自然な表情や珍しい行動などを撮れたらなと

10時半頃に入って15時近くまでいましたねぇ。

赤ちゃんが産まれて公開されていたり、
 
面白くてあっという間でした。
 

フンボルトペンギン




マンドリル



次回からは、

かわいい動物達をご紹介していきます。

お楽しみにぃ。


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丹波紀行 あとがき [近畿]

今日も良い天気。 

花粉症がまだ治まらず目がかゆい ながぼ♪ です。

今回の1泊2日での丹波方面旅行は面白かった!

丹波篠山、春日、福知山、舞鶴と主だった場所を

少し足早でしたけど観ました。

丹波の黒豆が西日本で多く生産されていること、

丹波と明智光秀のつながり、足利尊氏と安国寺、

グンゼと郡是、西舞鶴と東舞鶴の違いなどなど。。。

旅行前に少し前知識として仕入れていくんですけど、

行った場所で知った事やブログにアップする際に

改めてまとめていくことで更に自分の知識としても

得ることが出来ます。

写真が好きで撮るってことだけでなく、旅に行くことで

いろんな事を知ることが出来るってのが良いなぁ。 

クルルが終わりますが、新しいブログでも

紀行的な部分は残していこうかな。

フォトを入れながら見やすいものにしたいな。

将来的にブログ本として残していきたいって思うしさ。

ってことは・・・クルルの過去記事の整理をしないと! 

ちょこちょこってやっていこうと思います。

舞鶴で自衛隊観終わった頃、花粉症がひどくなって

集中力がなくなりました。。。

早めに帰って休むとするかと小浜インターから

北陸道経由で帰ることにしました。

途中、福井県小浜市の小浜フィッシャーマンズで

WC休憩がてら寄りました。

小浜市と言えばアメリカ大統領オバマ氏ですね。

お土産でもありましたよ。

オバマまんじゅうでございます。

さすがにお菓子に大統領の顔は入れられないので、

後姿でございます。

 

 サバや鯛でつくったオバマハンバーグに

オバマハンバーガー!


しかし、大統領となってからは旬が過ぎたのか
 
人だかりは出来ていませんでした。

見た人も「オッ! オバマだ、これかぁ」ってな感じで
 
通り過ぎていきます。。。

スタッフもオバマのジャンパーではなく、
 
キャラクター?のジャンパーやシャツ着てました。



かわいいなぁとは思いましたが買うまでは・・・

それよりも花粉症で鼻水が止まらないのさ!

花粉症悪化したけど楽しかった丹波でした。


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東舞鶴(京都・舞鶴) [近畿]

ど~も ながぼ♪ です。

今回は東舞鶴をご紹介。

東舞鶴は港と軍港ってイメージが強いです。

今回お送りするのも海軍に関するものです。

横浜函館などと同じように舞鶴にも

赤レンガ倉庫群があります。

ただ、横浜や函館は商業的な倉庫に対して、

舞鶴は魚雷や銃等の使われた倉庫。

東舞鶴が軍港として利用されていたことがわかる。


現在では、知恵蔵と言う施設で舞鶴の歴史を
 
学ぶことが出来ます。

また、映画ロケでも多く使われています。

「男達の大和」(反町隆史・中村獅堂)、
 
バルトの楽園(松平健・安部寛)のロケ地です。

男達の大和ではこれに近いアングルの中で
 
中村獅堂が歩いていました。



軍の倉庫でもあった赤レンガ倉庫群近くに

海上自衛隊の舞鶴地方隊があります。

日本海側を守る最重要基地でもある舞鶴基地には

多くの自衛隊艦船が桟橋に並んでいて、

土曜、日曜は甲板を自由見学できるんです。 

あまり機会があるものでもないので行ってきました。

基地の門で敬礼されて入り駐車場前で氏名を記入。

ネームプレートをぶら下げながら

見学可能な艦艇まで桟橋を歩いていきます。



北埠頭が見学できるエリアですが

多くの艦隊が並んでいました。

映画やTVでしか見た事がありません。

あらためて大きいんだなと感じました。

今日見学できる艦船は

「あぶくま」 全長109メートル、排水量:2000トン。 

能登半島沖不審船事件で不審船を追跡した艦艇。

三艦並んだ一番奥が 「あぶくま」です。



大きな網目のようなものが対航空レーダー。 

白いのもレーダーです。

操縦室のある艦橋の前にある四角い箱は

魚雷発射装置で中に魚雷が入ってます。

甲板では自衛官の方が日々の訓練や

点検作業などされていました。

甲板前部大砲の前にいた自衛艦に話を聞きました。

62口径76mm砲だそうです。

1分間に100発近く放つことが出来て

射程距離は16キロ近くにもなるそうです。

弾は甲板の下にぐるっと円を書くように

装着されていると説明してくれました。


 


どれくらいの対艦・対空・対潜能力があるのかは
 
良く知りませんけど、敵から撃たれないと撃つ事が
 
できないから撃たれて致命傷もらったら終わり。。。
 
今の憲法ではね。

「みょうこう」っていうイージス艦が停泊してました。

真田広之、中井貴一、佐藤浩之らが出てた
 
「亡国のイージス」 の主役艦を演じた艦です。

戦後日本の軍事戦略でもある“専守防衛”という
 
自国領域のみで相手の攻撃を受けてから軍事力を
 
行使できるといった戦略下の日本。
 
アメリカに守られていると思い込んだ危機感の無さを
 
鋭くついた戦争批判も入った内容でした。

専守防衛の極端な話ですが。。。

領域外だったら多国籍の船で
 
全員が日本人だったとしても手を出せないってこと。

九条は理解してるつもりですが、
 
あまりにも曖昧すぎてるしありえない・・・
 

日本を取り巻く状況も世界も変わっていく中で

対応していけるものではなくなっているなと感じた。



左が見学した艦に近い2000トン級、

右が7250トンのイージス艦。

大きさが完全に違いますね。

「みょうこう」も見学した「あぶくま」と一緒に

能登半島沖の不審船を追ったそうです。

それぞれがそれぞれの役目に沿って働いてます。

確かに、戦闘機や艦艇など戦いの道具

シンプルで洗練されており形もかっこいいです。

航空祭など観に行っても圧倒されますもん。 

でもね、役目を全うせずにいてくれるのが一番。

役目を活かされた時ってのは

戦いがあったときなのですから。。。

艦艇が並ぶ桟橋から南極船を見ることが出来ました。

新南極観測船「しらせ」ですが、南極観測船が

防衛省に所属するんだと初めて知りました。



この写真を撮ったのは5月9日(土)。 

今月20日に防衛省に引き渡されて

母港となる横須賀へ向かったそうです。

南極では地球について様々な角度から

研究をされているということなので。。。

こちらは任務全うして大きな成果を挙げてほしいね。

これにて舞鶴を後にして帰っていくのですが、

少し寄り道しながら帰りました。

次回はその模様をお送りしますね。

お楽しみにぃ。


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舞鶴のグルメ(京都・舞鶴) [グルメ?]

( ̄o  ̄;)オ( ̄0  ̄;)ハ( ̄、 ̄;)ヨ...

ど~も ながぼ♪ です。

今日は舞鶴の夜をお送りしましょう。

お送りするのは、舞鶴のグルメ?ですけどね。

舞鶴では一泊朝食でホテルをとりました。 

お魚も美味しい町だろうし、肉じゃが発祥の地でも

あるので食を満喫しようとね。

舞鶴=肉じゃが発祥の地

イギリス留学していた 東郷平八郎 が帰国して

司令長官として舞鶴に赴任した際、

留学した際に食べたビーフシチューが忘れれずに

命じて作らせた。

ビーフシチューを知らない料理長は、

東郷の話を聞いて作ったのが始まりと言われる。

デミグラスソースはなかったので、

醤油と砂糖を用いてなんとか作り上げたそうです。

さて、舞鶴でお世話になったお店は

「割烹 松きち」 さん。

大将もやさしくて気さくなお店でしたよ。


お店の中も撮らせてもらいました。

お客は後から団体さんが来ましたけど、
 
食べている間は僕一人の貸切状態でした。


「何がおすすめですか?」と聞くと
 
「筍も牡蠣も良いですよ。 肉じゃがもね」
 
と言うので・・・岩ガキのあぶり、肉じゃがを注文。 
 
肉じゃがは汁も多くやや薄味で好きな味です。

飲めない僕ですが、お酒が少し効いているのか
 
良い味出していて美味しかったなぁ。


天ぷらが食べたくなって注文しました。

キス、海老、しいたけ、ピーマン、レンコン、カボチャ、
 
イモ、シソの葉と盛り沢山で美味しかった!


さすがにお腹のほうが悲鳴をあげてきていましたが、
 
酢飯で頂くうに飯は美味しかったです!

なんだかんだで食べきちゃったもん。


今回お世話になったお店:割烹 松きちさん。

美味しくいただいた食事。

 1:岩ガキのあぶり・・・1155円

 2:肉じゃが・・・525円

 3:天ぷら盛り合わせ・・・1500円くらい

 4:うに飯・・・1575円

割烹ってことで入りづらかったですけど入って正解! 

予算オーバーしちゃいましたけど大満足! 

食事など考えると、旅館などに1泊2食で泊まるよりも
 
満足感高かったのでOKです。

美味しくてあれもこれも食べたくなっちゃいました。 

いやぁ振り返るとよくこんだけ食べれたね。 
 
どこに入っていったんだろ?

言うまでもなく、お腹はパンパンでしたぁ。

舞鶴のグルメ?はこれで終了。

舞鶴の夜は少しだけ続きます。
 
お腹も満たして帰ろうと持ったんですが、
 
ホテルはシャワーだしお風呂行きたいなぁと。。。

一応お風呂セットを持ち出していたので、
 
お風呂屋さんをナビで探しました。

ナビ様の言うとおりで進んでいくと、
 
これまた味のあるお風呂屋さんでしたね。

昔ながらの構えのお店。

中はオバちゃんが番台に座ってます。
 
脱衣所も昔からある感じ。

風呂場に富士山、脱衣所に珈琲牛乳がないのが
 
残念なところでしたね。

 

良い感じでしょ! 

昭和湯の文字が右からってのがいいじゃない!

お風呂屋さん全盛期を知らないのですが、

なんだか懐かしく感じました。

こういたお風呂屋さんは希少価値ですよね。

残っていってほしいなと思いました。

お風呂で身体もあったまり睡魔が襲ってきました。

朝の5時くらいから運転しっぱなしですもんね。

ホテルへ帰って目覚ましを8時にセット完了!

まだ8時頃だったし、1時間くらい寝るかと

ベッドに身体をあずけた・・・

朝まで爆睡した僕でした。o( _ _ )o...zzzZZ

翌日は東舞鶴メイン観光地である自衛隊艦船、

赤レンガを観ながら帰ってきました。


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西舞鶴 (京都・舞鶴) [近畿]

身体がパンパンで整体行ってた ながぼ です。

いやぁ痛くて大変でしたが今はすごく楽です。 

丹波紀行も舞鶴へと入ってきました。

舞鶴では景色に食事と楽しみました。

先ずは西舞鶴。 ここでは2ヶ所をご紹介。

けっこう文になってますがお許しくださいませ。

舞鶴市

近畿を代表する港湾都市。

日本海に面するリアス式海岸を臨む都市でもある。

中央には五老岳があり西舞鶴と東舞鶴と分かれる。

西舞鶴は、田辺藩の城下町・商港から発展した

行政機関や工業団地が集中する商工業地区。

城下町だった西側は多くのお寺が残っている。

東舞鶴は、軍港や造船などの軍需都市から発展した

重工業地区。 

海上自衛隊舞鶴地方総監部もあり

日本海方面国防の要となっている。

東西で全く違った顔を持ち、住民気質も異なった市。

綾部から舞鶴のホテルへ向かったのですが、

けっこう早く着いたのでもう少し観ることにしたの。

警察署の前にある田辺城を見に行ったんです。

田辺城では大きな戦いがあったのです。 

歴史的転換期だったかもしれません。

    そのとき歴史が動いたぁ! 

~田辺城の戦い~

関ヶ原合戦は石田三成(西軍)VS徳川家康(東軍)

天下分け目の決戦。

しかし、関ヶ原だけでなく

全国で東西での様々な戦いがあったのです。

今回お送りする 田辺城の戦い もそのひとつ。

豊臣秀吉の死後、天下人を狙う徳川家康は諸大名を

自分の配下にしようと上洛させていました。

しかし、会津の上杉景勝(家老に直江兼続)は拒否。

その為、会津征伐として家康軍が東ヘ向かった。

近畿圏が軍事的空白域となった瞬間

好機! 

敵対していた石田三成はこの機を逃すまいと

近畿制圧へと乗り出すため挙兵。

徳川家康率いる東軍、石田三成率いる西軍との

戦いの幕開けである。

挙兵した石田三成軍。 

先ずは家康方の近畿諸大名を攻めていきます。 

その中に細川忠興(細川ガラシャの夫)居城である

田辺城があった。 

三成は丹波・但馬の諸大名で編成した

総勢15000名の軍勢を送り込み田辺城を攻める! 

田辺城は忠興が会津遠征で出ており、

父親の幽斎以下500名。 その差は歴然!

幽斎は篭城で対抗するも7月19日に始まった戦いは

7月末には落城寸前・・・

しかし、幽斎は歌人としても優れており、

制圧隊には師匠と仰ぐ者もおり攻めあぐねていた。

最後は、朝廷からの和睦というかたちで

城を明け渡すことになった。

田辺城を明け渡したのは、9月6日。

約50日間もの戦いをしたのです。

関ヶ原の戦い9日前の事でありました

関ヶ原本戦では裏切りなど様々ありましたが、

9日前に戦いを終えた田辺城制圧軍は戦いに

間に合うことが出来ませんでした。。。

15000もの大軍、

もし間に合っていたならば結果は違っていたかも。

会津征伐で石田三成らの西軍挙兵。 

タイミングが良すぎませんか?

家康は水面下で諸大名と取引して天下取り

確信しての会津挙兵だったかもしれません。

石田三成ら西軍の勢力を把握することが

出来たのですから。。。

人質として生まれ育ち多くの大名に関わり、

タヌキ親父とも呼ばれた家康のことですからね。

そんな激戦のあった田辺城も今は公園になり

天守閣もなく復元された城門と資料館があります。



資料館でいろいろ見ようかなと思っていたのですが、

GW後という事で本日休館! 

Σ( ̄Д ̄;)なぬぅっ!! 見れずじまいでした。。。

あきらめて、ホテルのある東舞鶴へ向かう途中の

五老岳にあるタワーへ行きました。

ここのタワーからはリアス式の舞鶴湾を一望です。


青空に鯉のぼりが泳いでいました。

いやぁ楽しそうに泳いでいますねぇ >゚)))彡

展望台からの眺めです。

リアス式海岸の舞鶴湾が眺められ、
 
近畿百景の1位にも選ばれました。


軍港であった東舞鶴方面も見ることが出来ます。

右端が東舞鶴中心部。 自衛隊の艦隊も見えます。



今回は長くなってしまいました・・・

お付き合いくださりありがとうございます。


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グンゼ博物苑 ②(京都・綾部) [近畿]

今週は昼から勤務ばかりで夜が長い。

夜中の2時頃寝ても8時間は練れちゃうもん。 

昼夜半逆転中の ながぼ♪ です。

さて、今回はグンゼ博物苑の続きです。 

①を見てない方は①も見てね。

3番目に入った蔵は ファッション蔵」 

グンゼ製品を学ぶことが出来る場所ですね。



ファッション蔵ともなると雰囲気が違いますね。 

ここでストッキング作り方を始めてみました。

ダイボーダー仕上げ機というんですけど、

染色と仕上げの2工程を1台で出来るといった機械。

だいぶ経って色の種類も増えたので仕上げだけで

使われるようになったらしいです。

 
すらっと伸びた足がたくさん!

履かせて機械の中を通っていく間に色付けが
 
できるってことですね。

機械が履かせるんでしょうが、伝線したりしないの?
 
なんて思っちゃいました。
 
二階へと階段から見上げると何やら見えてます。

なんか悩ましいですねぇ。


オオーw(*゜o゜*)w 
 
見事な脚線美でございます。  


(□。□-) フムフムと進んでいくと女性の下着に関して
 
ある話が書いてありました。

東京白木屋デパートの火事

1932年、東京の白木屋デパートで火事があった。

オモチャ売り場のクリスマスツリーに火がつき、
 
オモチャはセルロイド製品だったので瞬く間に
 
火が広がっていきました。。。
 
屋上から救命綱をつたい降りる際に下から見上げる
 
野次馬を気にして和服のすそを押さえようと

多くの女性が墜落してなくなりました・・・

その後、ズロースをはく人が増えていきズロースへの
 
社会的認識が高まり女性の衣生活が変化してく。

そういえば、何かでこの話を聞いたことがあります。

ファッション的感覚や流行から変化したのではなく

悲しい結果だったんだなぁ・・・

そんな風に思ってたら前に広がる世界がありました。


ファッションの歴史ってあるから見ないとね。 
 
お客は僕一人だしぃ。

何よりブロガーとして皆に話す役目がさ!
 
と思いながらも足は違うコーナーへ。

だって恥ずかしかったし、女性のお客様が
 
下から上がってきたんだも~ん。

男性下着のコーナーを見てましたよ。

あっ、持ってるってやつありましたねぇ。



グンゼでは知らなかったことが多く勉強になりました。

面白かったですよ。 

何かの機会で近くへ行った際は是非お寄りください。

ただ木曜~日曜までなのでお気をつけてくださいね。

綾部で初日の観光は終了して舞鶴へ。 

早く着いたら少し見ておくかなってくらいですね。

天気も青空が見えてきましたよ。 

明日は晴天になりそうです。

次回からは舞鶴編をお送りいたします。


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グンゼ博物苑 ①(京都・綾部) [近畿]

花粉症のクシャミと何やら咳で肩が張ってます。 

風邪ひいたかな? ど~も ながぼ♪ です。

今回は綾部市にあるグンゼ博物苑のご紹介です。

グンゼ株式会社

創業1896年の繊維製造販売メーカー。 

下着インナー肌着では業界トップ。

創業時は、郡是製絲株式会社。

国策だった「国に国是、群に郡是あるべし」の考えに

共鳴した創業者である波多野鶴吉氏が故郷の

何鹿群(現綾部市)地場産業であった蚕糸産業から

群を推進していこうという地方産業発展の考えから

会社名の郡是となった。

本社は大阪東京ですが登記上本社はここ綾部市。

綾部には研究所や工場以外に1993年築の本社、

1917年築の本社(グンゼ博物苑)などあって

付近一帯は当時の面影を残しています。

駐車場付近から見たグンゼ綾部本社です。

奥には記念館などが並んでいて、

街灯もレトロ感が出ていました。



本社正面に博物苑はあります。

開苑日は木曜~日曜までの4日間。 

行かれる際はお気をつけくださいね。



中は歴史蔵、ファッション蔵、新機能蔵、商い蔵の

4つの蔵が見学施設となっています。

歴史~新機能までの3つをご紹介しますね。

1:歴史蔵

グンゼ創業時の頃や蚕のことや様々な機械を

実物や映像などで見ることが出来ます。

機械の発達が生産力など企業そのものの発展にも

つながることなど分かりますよ。



 



2新機能蔵

グンゼ=肌着メーカーってイメージですが、

多くの業種に広がっていることが分かります。

 
鹿の子、平編み、パイルなど様々な種類を
 
実際に見ること出来ました。

 

下着のビニールだけでなく、飲料水のビニールも

作っているんですね。

アパレル部門だけでなく、プラスチックや
 
タッチパネル、スポーツクラブに不動産など沢山!

グンゼ=下着ってイメージが強いですからね。 
 
知らなかったですねぇ。


下着が縫い上がるまでを見ることが出来ました。

服飾などを知っている人は当たり前の事でしょうが、
 
初めて工程を知ることが出来ました。



堅苦しい感じがする博物館的な資料館も

知らなかったことばかりで面白かったですね。

次回のファッション蔵は、恥ずかしオモシロでした。

次回をお楽しみにぃ。


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綾部 安国寺(京都・綾部) [近畿]

お元気ですか? ど~も ながぼ♪ です。

今回は綾部でのお話。

福知山から舞鶴へは一般道を走ったのですが、

綾部はその途中です。

綾部中心部である会社を見てから安国寺へ

行ったのですが、先ずは安国寺をご紹介します。

歴史的には戦国の世から

鎌倉時代後半~南北朝時代へとさかのぼります。

安国寺

全国に安国寺は沢山あります。

南北朝時代に後醍醐天皇らの南北朝の乱で

殉じた者の供養、国内の安定のために

足利尊氏が一国ごとに既存の寺を改修し広げた。

ここ綾部の安国寺は最初 「光福寺」と言われていた

鎌倉時代からの名刹。

尊氏の母親が実家であった上杉氏の領土である

綾部の光福寺山門近くの別荘で、地蔵尊に祈って

尊氏を産んだのでした。

安国寺を全国へ広げる際に、生まれの光福寺を

安国寺筆頭寺に名を変えたんですね。

綾部市中心から山の中へどんどん入っていきます。

何処までって思ったころ安国寺の案内が見えます。

そんな山の中にひっそりとあります。 

春日の興禅寺よりもさらに山の中ですね。

お寺の前には尊氏の産湯である井戸があります。

井戸には竹でフタがしてあり、石標があるのみ。

 

当時の面影はないですよね。

その先に安国寺の入り口である階段があります。


 

 


ひっそりとたたずむモミジの青葉がきれいなお寺。

紅葉の時期は良いんじゃないかなぁ。


遅くなりましたが旅行の安全祈願しましたよ。

しかし、この頃から鼻がムズムズしだして
 
花粉症がひどくなっていきましたけどね。。。

駐車場へ向かう途中に尊氏らのお墓があります。

歴史上有名人物のお墓ですが、見逃してしまいそう。
 
このお堂の門をくぐった左手にあります。


墓碑として建てられた供養塔です。

左から、尊氏の母である清子・尊氏・尊氏の妻である
 
登子の墓と伝えられています。



この土地で産まれ育ち、征夷大将軍となって

室町時代を開いた足利尊氏は26歳で上洛。

新田義貞らと鎌倉幕府を倒し30歳半ばで

征夷大将軍になり室町幕府を開く。

幕府を開いても54歳で死ぬまで南北朝の乱は

続いていきました。

自分の力で幕府を開くも完全制圧統制までは

亡くなった後でもなかなか難しかったんですよね。

夢を得た者、夢半ば亡くなってしまった者、

夢追いかける者、夢を探し求めている者・・・

人生を振り返ると長いようで短いとも言います。 

尊氏にしろ信長、家康にしろ、秀吉の言うように、

人生というものは夢のまた夢でしょうかねぇ。。。

人生が夢の中で起きた事のように短くあっという間で

あったとしても目標を持っていきたい。

たとえどんなちっぽけなものであっとしてもね。

歴史を振り返りながら書いていたこともあったのか、

そんなことを考えました。

さて、次回は綾部にある会社を訪問。 

訪問と言っても資料館ですけど。。。

とっても面白かったですよ。 

お楽しみにぃ。 


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趣味のカメラで撮った風景、フォト紀行、グルメ?。。。気まぐれ日記です。

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