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長崎紀行⑦・・・帰路 [九州・沖縄]

九州では災害ギリギリの雨っぽいです。 

それは困る・・・適度で良いですよね?

災害にならない程度で潤ってほしいなぁと

思っている ながぼ♪ です。

今日は長崎から名古屋へ帰ってきた時の外の景色を。

長崎空港より中部国際空港へ向けて出発!



雨だったので曇ってます。

でも、雲の上に上がれば、お日様が待っていました。 



徐々に雲の下に太陽が落ちていき

翼をオレンジ色に染めていきます。



キレイでしたねぇ。 

とってもきれいな夕日を見ることが出来たよ。

数分もすれば空の上も暗くなっていきました。



雲が陸地か海のようです。 

風で流れていく雲が流れ落ちる細い滝のように見えたり、

幻想的な景色だったよ。

小牧にあった名古屋空港だと名古屋市上空を

飛ぶこともあってキレイな夜景を見れるんだけど、

知多にあるセントレアは海の上を通っていくので

そんなに沢山の夜景を見ることが出来ない。

しかも、今回乗った席が左側で海側。 

知多半島は右側に位置するので見れなかった・・・

今回は往復左側だったから、今度乗るときは

右側の席で景色を見てみないと!

九州長崎のたび、とっても楽しめました。
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長崎紀行 ⑥・・・島原 [九州・沖縄]

新垣結衣が出てる「パパと娘の7日間」を観てた。

ベタな展開ですが予想以上に面白かった。

やはりガッキーはカワイイですねぇ。

見逃せないドラマになりそう・・・ 

観れない時は録画しようかと思ってる ながぼ♪ です。


さて、今日は島原を少しご紹介。

長崎から車で約1時間ちょっと。 

島原の乱や雲仙普賢岳でも有名ですね。

この日はあいにくの雨模様。 

パラパラと雨が降り続いています。

先ず最初に訪れたのは 武家屋敷

お武家さんの家なんですけど

島原では珍しい町並みとなっています。



島原城築城の際、外郭の西に接して

扶持取70石以下の武士たちの住宅団地が建設された。

戦いの時に鉄砲を主力とする徒士(歩兵)部隊の

住居であったので、鉄砲町とも呼ばれる。

街路の中央の水路は豊かな湧水を引いたもので

生活用水として大切に守られてきました。

晴れていればキレイな流れを見れたのですが

空の色を映し出しているのでどんよりですね。。。

武家屋敷周辺に現在住んでいる方の家の門や塀も

町並みに合わせています。

これは武家屋敷前の中学校の裏門。 

町並みに合った様式で建てられています。



ミラーまでも木の枠組みで出来ているんです。

こういうのは良いですよねぇ。

保存する街の姿勢が見えてきます。 

中学校までもが観光地みたいです。。。

武家屋敷があればお城ですよね。

島原城



当時、森岳と呼ばれた高地を城の形に切り取って

石垣を積み、堀を掘って7年の歳月を費やして

築いた城。

明治に城は民間へと払い下げられて荒地となってしまい

その後、学校などが建ったのですが、

天守閣はシンボルとして昭和39年に建てられたんです。

鉄筋コンクリート造りです。

中は島原やキリシタンの歴史を見ることが出来ます。

教科書で有名な、ザビエルの絵や天草四郎の資料など

歴史を学ぶことが出来ますよ。

島原の乱について少しお話を・・・

島原の乱=天草四郎ってイメージがあるんだけど発端は

島原城下の農民一揆。

藩主の年貢取立てやキリシタン弾圧などが厳しくて

農民らが一揆を起こしたんだけれども、

熊本にある天草の領民らも加わって一気に拡大したの。

この天草一揆軍の先導者が天草四郎。 

当時14歳です!

最初は優勢の一揆軍も負けはじめて

有明海を渡って島原の原城へ移動。

そこに島原の一揆軍も加わって原城篭城作戦に出た。

その数、約3万7千!

一揆側は3ケ月に及ぶ籠城には兵站の補給もなく

弾薬・兵糧が尽き果ててきた。

幕府軍も1千人もの戦死者を出しながらも

新手を投入し遂に、総攻撃で一揆軍を壊滅させた。

幕府軍は戦後、原城を徹底的に破壊。

島原藩主松倉勝家は乱を引き起こした責任から

大名としては前例ない罪人扱いである斬首に

処せられた。

原城篭城の農民らは、幕府軍の攻撃とその後の

処刑によって老若男女死亡。

生き残ったのはただ一人、山田右衛門作(南蛮絵師)。

しかし彼は内通者であった・・・

(総攻撃直前に脱出した者もいるという目撃談も

あったりするらしいが、2万人以上は確実?!)


島原はまた火山の島でもあります。 

雲仙普賢岳です・・・

雲仙岳災害記念館 なる場所へ行ってきました。

平成2年11月に始まった雲仙・普賢岳の噴火活動から

平成8年5月の噴火活動終息宣言まで、

何が起き、何が残ったのかを教えてくれます。


床の真ん中はガラス張りで噴火の際に起きた火砕流で
 
なぎ倒された実際の木々を展示してあります。
 
しばらく見ていると、赤い光があっという間に
 
過ぎ去っていきました。



火砕流のスピードを、走り去る光により体感することが

できるんですが、時速100km以上!

とても逃げ切れるスピードではありません。 

何もかも火と熱、砕流で押し流されます・・・

とてつもない自然の威力を見せつけられました。

これ以上に驚いたのが、土石流被害家屋保存公園

災害記念館から数分の場所にあります。

このドームの中に家屋が残っているんです。



言葉に詰まりましたね。 

2Fが1Fになっているんです。 
 
家の中は土砂だらけなんです・・・

 



 ドームの中だけではありません。

外にも保存されています。



屋根だけ見えますが、2階の屋根なんですよ。

奥に見える2階建ての家も1階部分は土石流で

やられてしまっています。

すさまじい力です。 

自然は時として恐ろしい地獄と試練を与えますね・・・

ただね、この公園の横は道の駅なの! 

大声でお土産売ってましたよ。

なんだかやりきれないなぁ。 

悲しさを感じましたね。

悲しみの雨か、このあと雨脚も強くなってきて

前も見えなくなるくらいの勢い。

島原の観光を終えて長崎へと戻ることにしました。

途中、島原城観光の後にお昼を取ったんですけど

美味しかったですよぉ。



具雑煮といって、島原の乱で天草四郎が兵糧食として

配ったことが始まりと言われています。

餅、白菜、鶏肉、ゴボウなどタップリの具で、

味はさっぱりとして何杯でもいけちゃうくらい!

島原城前の姫松屋本店さんでいただきました。 

創業180年を誇るだけあって美味しかったよ。

雨の1日だったけど

歩くときは小雨になってくれたので助かりました。

ホテルに帰った僕は、最終日の準備(荷物の整理ね)を

してベッドにゴロンと横になったら知らぬ間に

寝入ってしまってました。 

10年以上ぶりの仕事以外で来た長崎・島原・・・

少し疲れたかな? でも沢山見れたなぁ。

島原からガスってはいたけど熊本方面が見えました。 

熊本(阿蘇)、鹿児島(桜島、知覧など)も行きたいね。

旅行はやはり楽しい! 

いろんな事も知ることが出来るしね。 楽しい旅でした。

そうそう、帰りの飛行機で外の景色がきれいだったの。 

お楽しみにぃ。


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長崎紀行 ⑤ グラバー園&夜景 [九州・沖縄]

暑いですね。 明日も暑くなりそうです・・・

カキ氷がほしい ながぼ♪ です。

長崎紀行も後半の今日は、グラバー園をご紹介。

グラバー園は西洋様式建物を見ることが出来ます。

こちらは 旧リンガー住宅

明治初期の代表的洋風建築で

南欧式バンガロー形式と言われる。


歩き疲れた足を休めるように?

チェアーも置いてあって優雅な気分にさせてくれます。

ここリンガー住宅はキレイなオルゴールの音色を

聴くことが出来ます。

また、蝶々婦人ゆかりの地と言うこともあって

蝶々婦人を演じた三浦環の資料もありました。

園内には、三浦環の記念像もあります。



水が流れている石をよく見てください。 

何かの形に見えませんか?

蝶々婦人ということもあり

蝶の形をイメージして造ってあるんです。

グラバー園といえば忘れてならない住宅と言えば。。。



旧グラバー住宅:

現存する日本最古の木造洋風住宅。 

眺めも良いですよ!

グラバー園にはハートストーンと呼ばれる石が

2つあるんです。



ひとつはここグラバー住宅。 

もうひとつは行った時に探してみてくださいね。

見つけてさわると恋が叶うって言われてますよぉ!

足元をよぉ~く見てないと見逃しちゃうよ。 

足元見ている人がいるからわかるかもね。


さて、グラバー園を後にして土産屋さんが並ぶ道を

歩いていくと蔦が目立つ洋館が見えます。

祈りの丘絵本美術館



九州初の絵本美術館で、約4000種1万冊の

絵本が販売されています。

3Fでは、約450冊もの絵本を自由に閲覧できますよ。 

大人だけでなく子供も楽しめるスポットですね。

グラバー園はメイン観光地となっているので

お土産屋さんもいっぱいで違う楽しみもあるね。

オランダ坂や長崎港などのベイサイドと合わせると

異文化を丸々1日満喫できますよ!

さて、長崎港のあるベイサイドはサンセットマリーナや

水辺公園などがあります。



長崎港の大波止ターミナル横に設置されている

巨大アンカーです。

大正時代、巨大船停泊に利用されていたアンカーも

今は灯台の台座となっています。

奥に稲佐山が見えてますね。 

稲佐山の夜景は日本三大夜景のひとつ。 

キレイですよぉ。

 


 









曇り空で少しガスっていたけどキレイな夜景でしたぁ。

翌日の夜は雲がかかっていて無理な状況。 

ラッキーでした!

函館・神戸・長崎と日本三大夜景を制覇したよ!

PAN!( ^-^)∠※.。・:*:・゚`☆、。・:*:・゚`★

ただ、デジカメで撮っていないのは函館だからさ

今度は函館に行かないと!

次回は、2日目に行った島原を紹介しますね。 

美味しい食べ物もご紹介ですよ!


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長崎紀行 ④ 山手地区 [九州・沖縄]

宿直明けで寝てましたぁ。 旅行の更新をしますねぇ。 

ど~も ながぼ♪ です。

さてさて、石畳の続く オランダ坂 へとやってきましたよ。

オランダ坂のある東山手地区は

長崎最初の外国人居留地として開拓された街。

領事館や教会などが建ち並んでいました。

有名な長崎海星中・高もオランダ坂沿いにあります。

オランダ坂の入り口です。 

オランダ坂を登りながらグラバー園を目指します。

 

その昔、東洋人を除く全ての外国人を

「オランダさん」と呼んだことから、外国人居留地の坂は

オランダ坂と呼ばれていたんです。

現在は東山手洋風住宅群と活水女子大を結ぶ坂を言う。


石は斜めに組まれています。 

水の流れを側溝に向けるためと言われています。

洋風住宅群は赤レンガの壁が続く坂になっています。 

雰囲気ありますよぉ。


建物は資料館、博物館などになっています。

建物だけでなく、空気までも異国情緒を感じます。

坂を下りていくとオランダ坂のある東山手も終了。

南山手地区へ歩いていきましょう。

大きな道路を渡りグラバースカイロードを通って

大浦天主堂やグラバー園を目指します。

途中、祈念坂 という坂があります。 



作家:遠藤周作が「葡萄の香りがする」と好んだ坂。

映画の舞台にもなっているんですよ。

長崎は坂の街。 こういった細い路地が沢山あります。

大浦天主堂



キリスト教(カトリック教会)の教会堂で

国宝に指定された現存する日本最古の木造建築教会。

日本二十六聖人に捧げる目的で建てたので

正式名は「日本二十六聖殉教者天主堂」と言う。

中は撮影禁止です。 

祭壇やステンドグラスはきれいですよ!

大浦天主堂とグラバー園は隣同士ってくらい近い。

大浦天主堂 → グラバー園が良いかと思いますよ。 

さぁ、いよいよ グラバー園です!





グラバー園内の旧三菱第2ドッグハウス前からの眺め。

上が長崎中心部方面の眺め

下が稲佐山や長崎港の眺め(稲佐山山頂は雲が。。。)

グラバー園:

幕末~明治にかけて外国人居留地として利用された

エリアにあって、既存していたグラバー、リンガー

オルトの旧邸があった敷地に、長崎市内に残っていた

歴史的建造物を移築したもの。 

長崎市民は無料なんだって!

オペラ「蝶々婦人」ゆかりの地であり祈念像などもある。

次回は、グラバー園内の建物を少しご紹介していきます。


♪おまけ♪

今日は ちゃんぽん 紹介しますね。

長崎の中国人留学生のために、栄養タップリで

安価な料理をと考案されたのが始まり。

長崎生まれの中華料理なんですよ。 

キャベツやイカ、豚肉など具沢山で栄養満点!


ここは、グラバー園近くにある「四海楼(しかいろう)」
 
ちゃんぽん発祥の店なんです。

初代店主がちゃんぽん生みの親として有名なお店。

ビルもでっかい!
 
儲けてまっせぇ~て思わせるビルです。。。



窓から長崎港と稲佐山が望める店内で食べましたよ。 

ちゃんぽん:997円です。 

餃子も一緒に食べました。 

お腹一杯・・・ ε= o(´~`;)o タベスギー

ではでは、次回のグラバー園をお楽しみに。


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長崎紀行 ③ 1発の爆弾 [九州・沖縄]

ど~も ながぼ♪ です。 

今日も長崎紀行をお送りしております。

今日は少し悲しいお話。

でもこれを乗り越えて今の長崎や日本がある・・・

 

1945年8月9日

その時あらゆる言葉が無力となった。。。 

原子爆弾を積んだB29。 

第一目標の小倉は焼夷弾の煙によって投下を断念し

長崎へ向かう。

長崎も視界が悪く断念しようとした時、

一時的に雲の切れ間が現れた。

その時、長崎では空襲警報は発令されたが解除され

人々は防空壕から帰って普段の生活に戻る人もいた。

しばらくして上空から何かが落ちてきたと思ったら

眩いばかりの閃光が! そして爆風。。。

爆発から3秒。 

地表面温度は爆心地付近で3,000~4,000℃になり

付近の人々は一瞬にして灰の塊となる。 

4㌔離れた場所の人でも熱傷を負ったと言います。

街のあらゆるところで火災が起き

倒壊した建物の下敷きとなり身動きできぬまま焼かれた。

生き残った人も放射線によって苦しんでいった・・・

 

長崎の街の中にも原爆の爪痕を見ることが出来ます。

山王神社二の鳥居(一本柱鳥居)



爆心地から約800mの地点。 

神社の社殿は跡形もなく崩壊したんだけど

この鳥居は爆風でこの部分だけが残ったんです。

この他に浦上天主堂の横に流れる川には

爆風で崩れ落ちた建物の一部が残ってます。

その浦上天主堂から歩いて10分くらいの場所に

平和祈念像がある平和公園があります。


修学旅行や長崎観光では必ず訪れます。

天にのびる右手は原爆の脅威を
 
水平にのばした左手は世界平和を表しています。

そして、閉じたまぶたは犠牲者の冥福を祈っている。



「のどが乾いてたまりませんでした 

水にはあぶらのようなものが一面に浮いていました

どうしても水が欲しくて 

とうとうあぶらの浮いたまま飲みました」

水を求めて亡くなった方の魂を癒すためにつくられた

「平和の泉」の向こうに祈念像が見えます。

ここから10分ほど歩くと原爆資料館があります。

原爆投下直後の市内写真、高熱で溶けたガラスなど

原爆の恐ろしさを見ることが出来ます。

館内は原則撮影禁止! 

許可が要るので、ブログの話をして許可取りました。

館内には数多くの資料が展示してあります。 

一部を紹介しますね。

資料館内正面には、爆心地より約800m付近にあった

浦上天主堂側壁を再現してあります。




さらに、投下直後の11時2分で止まった時計。



 頭蓋骨の付着したかぶと、

被爆し爆風で焼け剥がれた服、写真などもあります。



この場所は添乗員時代にも見てなかった場所。

いつも資料館ではホテルなどへの連絡・確認などを

してた覚えがあります・・・

想像以上に原爆の恐ろしさを感じることが出来た。 

すさまじい威力と悲しさを感じます。

ツアーで平和記念公園に行くと必ずと言ってよいほど

寄る場所があります。

如己堂(にょこどう)



医学博士であり、カトリック信徒だった永井隆博士は

長年取り組んでいた放射線の障害を受け、被爆前に

すでに白血病を患い余命3年の宣告を受けていた。

原爆によって愛妻を亡くし、自分も被爆による白血病と

戦いながら死の直前まで原子病の研究と発表を

続けた博士。 

寝たきりとなってからは、如己堂(にょこどう)と名付けた

2畳一間の部屋に疎開して無事だった二人の子ども達と

住みそこで原爆、人間、愛、平和に関する著書を執筆。

余命3年と宣告されてから6年、昭和26年に永眠。

代表作には、「長崎の鐘」、「この子を残して」がある。

隣には記念館もあり

遺品や著書などの展示物を見ることが出来ます。

ここ浦上地区は、原爆投下の中心地でもあり

祈りのまちとなっている場所。

沖縄とはまた違った戦争の爪痕を見て感じる場所です。 

本当の平和を願いたいですね。

 

さて、ここからオランダ坂やグラバー園のある

南山手・東山手地区へ移動しました。

その途中に寄った場所があります。 

日本二十六聖人記念碑のある場所。



日本二十六聖人記念碑:

慶長元年12月29日、豊臣秀吉の命令によって

長崎で処刑された26人のカトリック信徒。

日本でキリスト教の信仰を理由に最高権力者の

指令による処刑が行われたのはこれが初めて。

26人は後にカトリック教会によって聖人の列に

加えられたため、「日本二十六聖人」と呼ばれる。

二十六人のうち、日本人二十名、スペイン人四名

メキシコ人、ポルトガル人がそれぞれ一名であり

すべて男性であった。 

この出来事を「二十六聖人の殉教」という。

祭日は2月5日。

秀吉によるキリスト教弾圧の見せしめとして

処刑されたんですよね。

最初は24名だったの。 

京都・堀川通り一条戻り橋で

左の耳たぶを切り落とされ(秀吉の命令では耳と鼻を

削ぐように言われていた)、市中引き回しとなった。

1597年1月10日、長崎で処刑せよという命令を受けて

一行は大阪を出発。歩いて長崎へ。

道中でイエズス会員の世話をするよう依頼され

付き添っていたペトロ助四郎と、フランシスコ会員の

世話をしていた伊勢の大工フランシスコも捕縛された。

二人はキリスト教徒として

己の信仰のために命を捧げることを拒絶しなかった。

記念碑は処刑された順に並んでいます。

小さい子供の象がありますよね? 

3人の12歳・13歳・14歳の聖人です。

最年少は、ルドビコ茨木 という日本人で12歳。 

処刑される時に「自分の十字架は何処?」

尋ねたそうです。

記念碑の裏には、記念館がありザビエル渡来から

キリスト教の歴史を知ることが出来ます。

今回は悲しい歴史を紹介しました。

次回は、石畳の続くオランダ坂やグラバー園を

紹介していきますね。


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長崎紀行 ②出島&眼鏡橋 [九州・沖縄]

昨日から長崎紀行をお送りしております。 

ど~も ながぼ♪ です。

長崎県はいろんなものが始まった場所でもあります。

蒸気機関車、気球、ゴルフ、麦焼酎(壱岐)、

アスファルトなどなど。。。

街の道路わきには、○○発祥の地などと書かれている

石柱を目にすることが出来ますよ。

そして、オランダ・ポルトガル・中国などとの貿易ですね。 

出島と鎖国

長崎の繁栄を考えると切っても切り離せません。

先ずは、出島を紹介しますね。

出島って言うとこんなイメージですよね。 



もともとはキリスト教布教を防ぐためにポルトガル人を

一箇所に集めるために出来た島ですが、

ポルトガル人を退去させてからは、オランダ商館が

建てられ西洋との窓口となった島です。

ただ、現在の出島は幕末から明治に埋め立てされて

しまっていて昔の面影はないんですよ。

現在では、出島のあった場所に19世紀初頭の出島を

再現する計画が進行中。

出島の跡地に建てられている

出島(国指定史跡:出島和蘭商館跡) です。


この石垣部分が海に面していた部分。 

改修はされていますが今に残る出島の岸壁ですね。

フェンスの向こうが再現計画が進行している観光場所。

日蘭貿易と出島の生活というテーマで

建物や商館員の生活を紹介してくれています。


このほかにも、出島のミニチュアなどもあって

歴史を学べることが出来る場所です。

さて、オランダだけでなく中国とも密接な関係を

つくっていたこともあって中国様式の建物も多い。

唐人屋敷、新地中華街など沢山ありますが、

中国建築様式を見られる寺院があります。

崇福寺・・・

長崎で貿易を行っていた中国福建省の人たちが創建。

中国様式の寺院としては日本最古のものである。

日本の寺院とは門構えも違うでしょ? 

中国様式の建物、如来像なども見ることが出来ます。

場所は、思案橋や遊郭があった丸山という場所の近く。 

孫悟空の時代にいけますよぅ。


丸山と言えば・・・江戸の吉原、京都の島原と並ぶ

日本3大花街(遊郭)として栄えた場所。

最盛期の江戸時代に1500人ほどの芸者・遊女が

長崎にいたという。

幕末の志士(坂本竜馬、高杉晋作…)や

長崎にやってきた外国人(シーボルト…)など歴史上の

多くの有名人がここで遊んだという。

思案橋は、多くの男性が丸山(遊郭)に行こうか

やめようかと思案したところから来ているとか・・・

この近くに、カステラで有名な福砂屋の本店がある。 

福砂屋の前から遊郭があった丸山公園を見られます。


レトロな建物は交番です。 

交番脇を進んでいくと有名な料亭「花月」があります。

高杉晋作、坂本竜馬など利用した卓袱料理を味わえる

史跡にもなっている料亭です。

坂本竜馬が斬りつけた柱の傷跡もあるのですが

ランチで5000円以上です。行けません。。。

思案橋、写真の二重門後、花月や梅園通など

昔の芸妓衆らの面影を感じられるかも。

長崎は猫が多いんだけど、この丸山も多いんです。 

なにかを感じさせますねぇ・・・

レトロと言えば忘れていけないのがこれ。 



眼鏡橋ですね。 

2連のアーチ橋と水面に映る橋とが合わさった姿が

眼鏡のように見えることが、その名の由来とか。 

日本最古のアーチ型石橋でもあります。

ここから少し歩くと、新地中華街があります。

中華料理店や中華雑貨類などのお店が並ぶ一角。 

横浜や神戸に比べるとこじんまりした感じ。

チャイナ服や月餅などの定番だけでなく

角煮まんじゅう・エビチリまんなどもあります。

さっそくお昼に食べてみたよ。





エビチリまんはピリ辛で美味しかったですよぉ。

最高だったのは角煮まんですね! 

コラーゲンたっぷり!って味わいです。

その他にも、杏仁アイスや皿うどんもあるし

ビードロ細工も沢山で楽しめますよ。

今日はメインと言う場所ではないんですけど

下町ぽい場所を紹介しました。

もちろん、グラバー園や平和公園、稲佐山なども

紹介していきますよ。

お楽しみに!


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長崎紀行 ① [九州・沖縄]

異国ロマンを満喫してきました! 

ヽ(^0^)た(^。^)だ(^-^)い(^O^)ノま  

ど~も ながぼ♪ です。

今日から数日間、九州は長崎県をご案内いたします。 

お付き合いくださいね。 m(_ _)m

 

6月23日(土)

中部国際空港セントレアから長崎へ

早朝の4時前に起きたσ("ε";) ボク。 

5:00には家を出てセントレアへ向けて出発!

6:30頃にはセントレアに到着しましたよ。 

待合室で待っているとバスで飛行機へ行くとか・・・

てことはタラップで飛行機に搭乗するって事だね。 

機材は小さいんだろうなぁと想像できました。



イルカがマークのANAに乗って約1時間半の空のたび。

久しぶりの飛行機!

((o(▽ ̄*)oワクワクo(* ̄▽)o)) の僕です。

さぁ! 飛び立ちますよ。 出発です。 

 



あっという間に地上は小さくなっていきます。

セントレアも遠くに離れていきます。 

セントレアの向こうに見える半島は知多半島ですよ。

梅雨空でしたが所々雲はきれていて、窓際の席を

確保していたので窓からの景色も楽しめたよ。

写せたところですけど、少し紹介しますね。 

京都上空です。

中央やや左側に長方形の緑があって真ん中に

道路みたいの見えます? 京都御所かな?



岡山上空です。

真ん中に瀬戸大橋が見えますね。 

橋の向こうは四国は香川県です。

瀬戸大橋の右側には瀬戸内海の島々が見えてます。



岡山を過ぎたあたりから雲も広がってきて

地上も隠れてしまった。


その間は、キャビンアテンダントで癒されながら?

長崎へと飛行機は飛んでいきます。

と言っている間に飛行機は長崎空港へ到着しましたよ。


長崎地方の天気は曇。 温度は23度ほど。 

雨はいつ降ってきてもおかしくない天気です。。。

曇の間に回ってしまおうってことで

レンタカーを借りることにしました。

天気予報では雨っぽかったので

市電乗継の観光は厳しいかと思い長崎駅まではバス、

駅からはレンタカーを使おうと決めて予約しておいたの。 

2日めは島原方面に行ったし、結果的に正解でしたね。

長崎と言えば市電が走っています。 

長崎駅前の歩道橋から市電を撮りました。





全国でもなくなっていく路面電車。。。 

ここ長崎では重要な交通機関です。

何処まで行っても 100円! 

1日乗車券でも 500円です!

車も多いけど市電を利用する人も沢山。 

市電でほとんどの場所は行けちゃうからね。 便利!


さてさて、明日からは、写真を整理しながら

ベイエリア・平和公園・グラバー園などの方面ごとに

紹介していきますね。 けっこう見所一杯です! 

行った気分になってもらえたら良いなぁ。 

では次回をお楽しみに!


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旅に出ます! [九州・沖縄]

雨ですねぇ。 

週末は何とか曇でいてほしいと願ってる ながぼ♪ です。

さてさて、明日から2泊3日の旅に出ます。 

荷物は、服をどうしようかなど迷いながらも準備完了。 
 
あとは充電中のデジカメ入れるだけ!

あれも要るかなぁって用意してたら
 
何泊するんだお前はっ!状態になってた。。。


車で行くのとは違って今度は    です!

利用する会社はANA  
 
旅行会社時代にマイレージカード作ってたのでね。

中部国際空港からANA国内線就航都市です。



あいにくの梅雨空だけどリフレッシュしてきます。 

行く先は、添乗員時代に数回行ったんだけど、

ゆっくり見たいなぁって思っていた所です。 

福山雅治・原田知世の出身都市になるのかな。 

隣の市には、ジャ~パネット♪ ジャパネット~♪ で

有名な「ジャパネットたかた」の本社もある。

約1時間半の空の旅&歴史や晴れたら夜景など・・・

楽しみですねぇ。

明日は早いのでもう寝ますね。 

ではでは~


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趣味のカメラで撮った風景、フォト紀行、グルメ?。。。気まぐれ日記です。

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